勝山館とは、松前藩の祖 武田信広が15世紀後半に築いた山城です。武田・蠣崎氏の日本海側での政治・軍事・北方交易の一大拠点でした。 

勝山館跡ガイダンス施設は、夷王山墳墓群と勝山館跡の上部に併設されており200分の1の復元模型と勝山館跡をガラス越しに見比べることができます。北の中世史の解説や発掘結果を基にしたコンピューターグラフィックスによる往時の勝山館を見ることが出来る映像コーナーや、出土品の展示など勝山館の成り立ちや人々の暮らし・北の豊かな中世に触れることができます。 

夷王山墳墓群・勝山館跡を散策することもできます。ガイダンス施設下部にある墳墓群には、かつて勝山館を中心に住んでいた人々のお墓と推定される600余基の墳墓が分布し白い墓標が墳墓群として海風の中に立っています。墳墓群下部には、勝山館跡があり、現在も継続中の発掘調査では、5万点を超える国内外産の陶磁器や金属製品・木製品等が出土しており、建造物も数多く発掘されています。発掘作業をするたびに新たな出土品が発掘される為、非常に珍しい遺跡といわれています。10万点以上の出土品のうち、数千点が文化財に指定されています。また、当時のアイヌの人々が使用していた骨角器も多く出土し、アイヌ民族が混住していたと考えられています。日本海北方交易や中世の生活様式を今に伝える重要な史跡です。